旅する映画と本のお話

旅に出たくなるような映画や本。それが毎日の私の生活を潤してくれます。
そんな店主のよもやま話・・・。



全東洋街道(上・下)

著者:藤原新也
出版・集英社文庫
初めてこの本を読んだ時の衝撃はかなりのものだった。

カバーをご覧頂くとわかるが内容を知らない人が見たら、「?エロ小説?」なんて首をかしげてしまうかもしれないが、現に本にカバーをかけるのが嫌いな私が、生身のままでこの本を電車内で貪り読んでいた時、サラリーマンのオジサマに訝しげに見られたものだった。

私が生まれた頃であろうか。青年の藤原新也はカメラ片手にトルコへ向かう。旅はそこからシリア・イラン・パキスタンのイスラム世界を経て、インド、ミャンマー、タイ、ベトナム、香港、韓国、日本へと向かう・・・。

主に東南アジアを中心に旅行を続けていた私は、初めてパキスタンを訪れた時、この本の中で語られている「鉱物的世界」から「植物的世界」への流れということを初めて実感した。色を失ったかのように、鉱物的な無気色のカラコルムの風景、濁流のインダス川、その風景に溶け込んで静かに佇みこちらを凝視する人々。そこから東南アジアに向かうに従って、瑞々しいばかりの緑に降り注ぐ雨の露、ある種ねっとりとしたような親密さを持って微笑む人々・・・。風景・そこに住む人々・宗教により研ぎすまされた感性・文化・・・。

この本の中で語られる各地での様々なエピソードは、時に静かに、時に衝撃的に、時に共感を持って私の心の中に入り込み、自分の旅と重なっていった。
強烈な個性とエネルギーと強さ、そして哀愁を感じさせたインドを経て、「植物的世界」の東南アジアを抜け、最後にたどり着くのは雪に包まれた高野山である。イスラム教、ヒンドゥー教の地を通り、仏教の地で旅の終焉を迎えた。高野山で彼は今までの旅を振り返り、そして静寂に包まれながら日本の姿を思う。

著者の藤原新也は著名な写真家である。彼の撮る鮮烈な写真は今でも多くのカメラマンを目指す人々に影響を与え続けている。20年以上前の彼の旅の風景を、時々私は今でも追い求めてしまう。
しかし彼は書いている。
「やって来る街、遠ざかる街、  街は、人は そして旅は二度と取り返しがるかない」

旅にまつわる本は、これでもかこれでもかというほど出版されている。それでも私は旅の友にいつも真っ先にこの本を挙げてしまう。同じ風景、同じ人々に出会うことは二度とない。それが旅なのに・・・。


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